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分界

8月も末と言うのに相変わらずの残暑。小諸市内の気温は午前10時で30度を超える。車を停めて風穴の深い森へと。昨晩降った雨で坂道は濡れムシムシとしたまとわり付く様な暑さだ。道の両脇には小さなほこらと石垣で囲われた室が点在していた。5号穴と書かれた木の扉を潜り入るなり夫と目を見合わせた。エアコンの最強を超える冷気が肌を刺す。更に石段を下る程にみるみる温度は下がり下室の気温計は4度を指していた。

氷風穴全景
第5号風穴入口

氷風穴と呼ばれるこの場所はJR小諸駅から車で20分、小諸市氷地区にある。氷風穴の歴史は300年前江戸時代に遡る。池から天然氷を切り出し風穴で貯蔵して藩主へ献納していた。明治時代になると蚕の孵化のタイミングを人為的に調整し蚕糸業発展に大きな役割を担った。今も6基ほど残る氷風穴跡。第4号穴は今も使われていて農産物や花、漬物などの保存用に現在も稼働している。天然の冷蔵庫、電気代高騰の折使わない手はない。現在は第5号穴のみ見学用に公開されている。

第5号風穴の室内

5号穴の石段を登り上の室に戻ると頭ほどの高さに一筋、細長い幻想的なもやがたなびいていた。ゆらゆらとまるで神の吐息ような霧雲は「風穴霧」と言うらしくそうはお目にかかれないしろもの。外気との温度差によって発生する風穴霧だが、あたかも現世と来世の境界線の様な。

第5号穴に掛かる風穴霧

用水ぞいの小径

御影用水温水路(正式名称は千ヶ滝湯川用水温水路)

軽井沢の西側、御代田町のほぼ境にある幅広の用水路。軽井沢にしては明るくどこかヨーロッパの様な風景が広がる。冷涼な軽井沢とは言え蒸し暑い日もたまにはある。水路からの風は涼を誘う。いつもはキラキラと輝く水面だが今朝は川霧が立ち込めていた。水辺に群れる鴨。これと言って目的のない日はここが良い。

温水路 鴨

移住先を探してたまたま訪れた12年前、水路ぞいの小径を歩きながら、ふと「ここから続きの人生を始めたいな」そんな衝動にかられた。温水路を訪れたついでに店に寄ってくれたお客様は当時の私と似たような感想を語られる。

温水路

この水路が出来たのは昭和42年。浅間山の水は冷たく稲作には不向きであった。この湧水の水温を上げて稲作の冷害を防ぐために作られたのがこの温水路。水深20センチ幅20メートル、太陽光を浴びゆったりとした流れは農業用水を超えて近隣の住民に癒しを与えてくれる思わぬ効果をもたらした。

用水ぞいの小径をときおり選んだ 夏の盛りの日もそこだけ涼しくって

松任谷由美1979年「悲しいほどお天気」の歌い出し、上水を用水に変えて‥

なぜ花は匂うか

窓辺にかおる一輪の百合の花を、じっと抱きしめてやりたいような思いにかられても、百合の花は黙っています。そしてちっとも変わらぬ清楚な姿でただじっと匂っているのです。

牧野富太郎著書 「なぜ花は匂うか」より

やまゆり 軽井沢・追分 7月25日撮影

NHK連続テレビ小説らんまんの主人公牧野万太郎こと牧野富太郎の随筆を見つけた。土佐佐川町の造り酒屋に生まれ、幼い頃からただなんとなしに草木が好きであったと言う富太郎。

私は植物の愛人としてこの世に生まれてきたように感じます。(本文より)

サクラソウ 軽井沢町の町花

なぜ花は匂うのか。それは匂いで虫や鳥を呼び寄せ、受粉を手伝ってもらう為。と言ってしまえば簡単な事なのに、彼の随筆はそんな風には語られない。山野を教材に生涯採集と観察に明け暮れた、富太郎の知識は実に細やかでその言葉はとても優しい。

角川武蔵野ミュージアム

角川武蔵野ミュージアム外観

所沢市サクラタウン内にある。角川武蔵野ミュージアム。

隈研吾氏による建築が素晴らしい巨大な現代アートだ。石板で覆われたその塊は地中深くから隆起したような、それとも宇宙から落ちてきたようにもみえる。お昼過ぎ、何の予備知識も無くふらりと立ち寄った。

中に入る。宇宙船の胎内の様なガランとしたエントランスは外観のイメージと一体化し、ここから先に何が待ち受けているのか全く想像が付かない。エレベーターに乗って4階フロアへ。ドアが開く。そこは鮮やかな色彩のブックストリート。25,000冊の本が思考を凝らした分類でアプローチしてくる。

ブックストリート
荒俣ワンダー秘宝館

つい手を伸ばしてしまいたくなる本の誘惑とそこから広がる想像の世界。先へ進むほどに興味がそそられ気がつくとどこに迷い込んだのかわからなくなる。ここは図書館なのか博物館なのかそれとも美術館なのか。実に良く出来た学園祭の様な楽しさだ。

本棚劇場

フロアの先の本棚劇場。プロジェクションマッピングは本が秘めている無限の可能性を3分間に閉じ込めて魅せた。

アティックステップ

劇場奥の薄暗い階段沿いは荒俣宏の蔵書棚。なんとも怪しげな書物が並ぶこのエリアは、本でなければ得られない知識がある事を教えてくれる。19世紀から現代のものまで貴重な本も含めて3000冊。勿論全部手に取ることができる。ショーケース越しでない陳列方法は館長松岡正剛氏の思いが感じられる。

来訪の時間を誤ったか。ここは時間を忘れてどっぷりと過ごす場所だった。所沢市民が羨ましい。

蔵書票は本から離れて

軽井沢コモングラウンズ

軽井沢、長倉に最近出来たコモングラウンズと言う複合施設に行ったが、ここはメインが服ではなく食品でもなく書店だ。近頃の本屋はオシャレ感が半端ない。以前本屋の入り口と言えば雑誌と相場が決まっていたが、最近は美しい表装の本がズラリと並ぶ。銀座や代官山の蔦屋書店に行った時も驚いたが本はもはや、贅沢な趣味であり重要なインテリアだ。今や本は読むだけのツールでは無く自身のアイデンティティを語る重要なアイテムになって来ている。それって、本が生まれた時代に戻っているような。

前回の続きの話ですが。昔、本が権威の象徴でもあった15世紀に生まれたものがこの蔵書票という小さな紙切れ。盗難を防ぐために本の見返し部分に呪いの言葉や格言めいた言葉を書いて貼られたのが始まりとされ、それが次第に自分の持ち物である事を表し、後に蔵書票自体の美を表現する様になる。

日本では明治33年に文芸誌「明星」に紹介されてからみるみる広まって行った。竹久夢二、山本鼎、棟方志功、なども手掛けている。

岡谷市出身の童画家、武井武雄氏の蔵書票はとても美しい

蔵書票にはルールがあって、書票の中にEX LIVLIS又は蔵書票と票主名が記載されることが正式な条件としている。EX LIVLIS Natsumeでなつめさんの蔵書となるわけだ。縛りが多い分デザインセンスが問われる。蔵書票が普通の版画と分けて珍重されるのはそこの部分だ。

日本の蔵書票

日本の古い蔵書票は西洋のものとは一味違う独特の世界観がある。西洋のモノクロームに対し日本の多色刷りの蔵書票は美術的にも大変美しい。これらは小さな紙切れを表す一葉ニ葉と数え、一片の紙の中に日本の風俗や風景、票主の人となりや様々な情感を閉じ込めている絵柄は、日本人の美意識の高さを伺えるものが多い。

インターネットが発達した現代、急激に本が姿を消す。主人を失った紙片は見返しから剥がされ、ここに蔵書票だけが残った。

紙の宝石

書斎に飾る小さな絵がほしくて、版画だったらお手頃だろうと検索していた所、名刺サイズ程の小さな版画を見つけた。

蔵書票(Ex libris)左から飯田信一、宮下登喜夫、前田政雄

EX.LIVLIS (蔵書)と書かれている。小さいながらもそこにはデザイン化された動植物や景色などとともに、岡崎蔵書とか帰山文庫とか書かれていて誰かの持ち物札の様にも見えるが‥これ見ているとなかなかに面白い。

作者Luc de Jaegher 票主川上澄生
古い蔵書票はどことなく男性的で書斎にピッタリ。

この美しい紙片、国際的にはエクスリブリスと呼ばれ、古くは15世紀のドイツで誕生。本の見返しに貼って誰のものかを示すものです。本が極めて貴重だった時代に本を所有している事を誇示する目的でも貼られたようだ。日本には明治33年に紹介されてから広まる。画家、版画家によって版画仕立ての蔵書票が製作され、人々がこぞってオリジナルタグを芸術家に依頼した。

別名「紙の宝石」と呼ばれるこの蔵書票、小さいながらもれっきとした版画。お値段は数百円からで年代物はそこそこ良いお値段のもあるが買えない程でもない。切手よりは圧倒的に流通は少ないのでコレクションにしても面白いかも。

モダンなデザインのものはオシャレですよね。プレゼントに

軽井沢プリンシプル

軽井沢には12ものゴルフ場があるが、中でも屈指の名門を誇るのが「軽井沢ゴルフ倶楽部」だ。

「軽井沢ゴルフ倶楽部」エントランス、軽井沢ゴルフ倶楽部であることを示す標識はこれのみ

この倶楽部には独自の規則があって⚫︎会員同伴以外はプレーを許されない。⚫︎予約システムは無くメンバーが揃ったところで順次スタート⚫︎プロゴルファー出入り禁止⚫︎報道関係者、運転手、SP、秘書などはクラブハウス内立入り禁止。などなど日本でプレーするのが最も難しいゴルフ場だと言われている。ここはかつて2人の総理大臣がプレーを断られたと言う逸話が残されている。白洲次郎が理事長を勤めている時代の事だ。1人はどの総理かわからないがどうやらSPを同行させてプレーを始めた事を、プリンシプル(原則)に反すると白洲にSPの退場を命じられ、それに腹を立てたか又はSP無しでは不安で居られなかったのか中断して帰ったという話だ。

もう1人は田中角栄。アメリカの駐日大使をつれての訪問に「日曜日はメンバーオンリーですので、プレーはご遠慮願います」とさらりとお断り。又占領下時代、ダグラス・マッカーサーに対しても一歩も引かず「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた。

この「プリンシプル」を生涯に渡り貫いた男、白洲次郎。明治35年生まれ。兵庫県芦屋の実業家の次男。プリンシプルはイギリス、ケンブリッジ大学仕込みか。かなりのイケメンで「日本一かっこいい男」の異名がある。没後40年近く経つが、未だに雑誌などで特集が組まれる程だ。⚫︎スーツはヘンリープール⚫︎エルメスに特注したアタッシュケース⚫︎時計はロレックス・パーペチュアルデイト⚫︎車はベントレー、ブガッティなど、彼のこだわりは尋常では無い。

軽井沢ゴルフ倶楽部脇を通る。美しく整えられた林の向こう側に、ここでプレーを許されたごく一握りの人々が見える。軽井沢とは明らかにヒエラルキーの存在するところだ。ただ軽井沢に古くから別荘を持つ人々の多くは意外に質素でどこかプリンシプルがある様に思える時がある。この地がなかなか俗化して行かないのは、脈々と受け継がれている何かがありそうだ。

白蝶貝、孔雀貝、高瀬貝‥

どこかで聞いた事あるでしょ。みんな美しい貝殻の名前です。日本には大昔から貝殻を装身具にして身につける習慣がありました。美しい光沢と二つとない模様は今も高級ボタンやアクセサリーには欠かせないパーツ。シェルアクセサリーは真珠ほどの高級感はないのですが、普段使いには丁度良いところが貝殻の魅力です。

孔雀貝、イタヤ貝、白蝶貝、珊瑚(珊瑚は貝殻ではありません)などのレトロな装飾品

こんな感じのアクセサリー。昔お母さんの鏡台の引き出しに入っていましたよね。今じゃほとんど見かけなくなりましたけど。結婚式や高級レストランに付けるには向かないかもしれませんが、ちょっとしたお出かけには最適。着物に合わせてもいいかも。

なつめクラフトは昭和のシェルアクセサリーがいっぱい。貝ボタンも揃っていますよ。

貝ボタン(ヨーグルト瓶や牛乳瓶に入れて陳列してあります)

石神さん

鳥羽と志摩を結ぶパールロード

伊勢神宮から車で40分。伊勢から鳥羽に入る。緩やかなリアス海岸の入江や島々は朝の日差しを受けてキラキラと輝く。太平洋からの暖かい風が原生林の森を育て、ここに豊かな漁場をもたらす。ここは真珠の養殖と海女さんで有名な場所。海女の町相差(おうさつ)に入る。海を望む丘にひっそりと佇む家や民宿。海辺の漁村とは一味違った日差しも人もあったかい所だ。坂道を登っ先になんとも愛らしい神社があった。

神明神社参道

鳥羽三神の一つ、神明神社。ここは命懸けで潜る海女さんから「石神さん」と呼ばれ親しまれている所。「この石神さん、どうやら女性の願いを一つだけ叶えてくれるらしい。」

神明神社本殿(ご祭神は天照大御神)
本殿横に祭られた石神さん(ご祭神は玉依姫命)

叶えてくれると約束されると、悲しいかな何を願えば良いのか悩んでしまう。

家族も多い、将来の不安もある。週替わりで心配事は起きるし、病気や怪我。親族全員の幸福を願ったら「一つじゃ無いだろ」と無効にされるか?いや今は何はさておき世界平和を祈るべきなのか。

宝くじを買って、一等が当たったらどうしようと悩んでいるのに近い気がしてきた。

で実際何とお願いしたか、それは‥

参道脇の家の前に置かれたドーマン・セーマン (格子柄のドーマン、星型のセーマンは海女さんの魔除けと安全祈願の印)

本年の営業を始めます

軽井沢にもようやく、遅い春の気配を感じる季節が巡って来ました。3月11日(土曜日)から本年度の営業を始めます。御影用水温水路に掛かる橋の工事も終了し、佐久方面からのご来店もスムーズになりました。春物新作バック、エプロンや小物等、多数取り揃えて皆様のご来店をお待ちしております。