まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり
これは島崎藤村「初恋」冒頭の一文。相手の女性は同い年の大脇ゆう。ここ妻籠宿脇本陣「奥谷」に14歳で嫁いだ。藤村は妻籠宿本陣の四男として生まれる。ゆうは隣の造り酒屋の娘、藤村の初恋はその頃の逸話だ。一緒になる事の無かった二人であったがその親交は生涯続いたらしい。
客間から庭を臨む障子の囲いは雪見窓。この一枚だけガラスが当時物で微妙に揺らぐ大正ガラスがあの頃の景色を映す。囲炉裏の煙に燻されて檜造りの梁や天井は見事な飴色に変わっていた。アンティーク店を営む私としては、宿場丸ごと骨董品に見えてならない。