「湖底には武田信玄の遺体が眠る」地元ではそんな言い伝えも残る諏訪湖。御柱祭の年には御神渡りがみられると言うが、ここを訪ねた1月末湖面には一筋の兆候が現れていた。湖の北岸と南岸に鎮座する諏訪大社。下社春宮と秋宮、上社本宮と前宮 二社四宮を合わせて諏訪大社と言う。
古事記に記された出雲の国の物語。大国主の息子タケミナカタは国譲りを受け入れなかった。ヤマトの使者タケミカヅチとの力比べに敗れこの諏訪の地まで逃れて来た。太古の昔、遠い出雲と諏訪の地は繋がっていたんだ。見上げれば諏訪湖の北にそびえる霧ヶ峰から和田峠にかけては日本有数の黒曜石の産地。縄文時代貴重な黒曜石を求めて日本各地から人々が訪れた。ここはそんな地であったらしい。
七年に一度の御柱祭。もみの木の大木を切り出し社までの長い道のりを川を渡ったり急坂を落としたりと毎回死傷者が出る奇祭。その起源ははっきりとはせず、一説によると縄文時代からの名残であるとも。大昔は日本中の至る所でこのような巨木信仰があったとも言われている。
下諏訪にある下社春宮から秋宮の順に巡る。諏訪大社は本殿のない拝殿のみの古い造り。境内に立つ見事な一の柱。太いしめ縄は以前訪れた出雲大社のおおしめ縄を思い出すダイナミックな造り。どこか縄文の匂いを感じる。
茅野方面に車を走らせる。背後にそびえる守屋山が御神体の上社本宮。山懐に抱かれた境内はどことなく神秘が漂う。ここ上社本宮と前宮には御柱祭の他に御頭祭という興味深い祭りがある。
御頭祭を知るべく神長官屋敷に隣接する資料館を見学する。ここは古代からこの地を治める神官の屋敷、名は守矢。この地特有のミシャグジ神(精霊)を操る神事を司りながら代々この地を治めてきた。その昔、上社では年間百十一もの神事が執り行われていたらしい。最大の神事は4月酉の日に行われる御頭祭。神長官によって生き神(大祝)に精霊が上げ下ろしされる祭りだ。かつては75頭もの鹿の生の頭が奉納されていたという十間廊。中心の雄鹿の片耳に刻まれる鋭い切れ込み。この地に残る様々な言い伝え...不思議な祭りだ。
最後は上社前宮。四社の中でも最も古い社が立つ。タケミナカタの伝承が残るこの地はミシャグジの気配が漂う場所でもある。和田峠から甲府盆地へとつながる鎌倉街道沿いの里。孤高を貫く独自の文化をはぐくんできた人々の物語。始まりはここから。